[ GEN 3 · セガ ]
セガ・マスターシステム / Sega Master System
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ハードウェア仕様
- メーカー
- セガ
- CPU
- Zilog Z80A @ 3.58 MHz
- VDP
- TI TMS9918 派生(セガカスタム)
- RAM
- 8 KB(CPU)+ 16 KB(VRAM)
- 解像度
- 256 × 192 / 256 × 224
- パレット
- 同時 32 色 / 64 色
- 音源
- SN76489 + YM2413 FM 音源(日本版のみ)
- メディア
- ROM カートリッジ / セガ・カード
発売日
- 日本
- 1985-10-20
- 北米
- 1986-09-01
- 欧州
- 1987-06-01
累計販売台数
- 公式数値
- 約 1,000–1,300 万台(セガ単独数値は未公表、業界推定)
- コミュニティ合意
- ブラジル 800 万台超 / 欧州 約 650 万 / 日本 100 万弱 / 北米 約 200 万
セガ年次報告書および Tectoy ブラジル生産 30 年以上の推計
派生機種
セガ・マークIII
1985 JP日本における前身機
1985 年 10 月 20 日に日本で発売された「マークIII」は Master System の日本版前身で、価格は 15,000 円。ファミコンに 2 年 3 か月遅れての登場だった。32 色同時発色、Sega Card 用ミニカートリッジスロットを備えるなど性能では上回ったが、玩具店・スーパーは既に任天堂が押さえており勝てなかった。1987 年セガは FM 音源モジュールと筐体を新規設計し、「マスターシステム」として日本市場に再投入したが、状況は変わらなかった。
セガ・マスターシステム(国際版)
1986 NA / 1987 EU海外向け再設計版
1986 年 9 月に北米で発売された Master System はマークIII の全面リデザイン版で、黒赤の未来的な筐体、3-D メガネ対応、Light Phaser 光線銃を備えていた。Sega of America は Atari 大暴落後の小売信頼を立て直そうとしたが、北米では任天堂のライセンス封鎖の前に敗北。一方、欧州では Mastertronic や Virgin といったサードパーティ流通が NES の届かない領域を開いた。
Master System II
1990低コストスリム改訂版
1990 年に発売された Master System II は筐体を大幅に小型化し、リセットボタン・Card スロット・拡張ポートを撤去、Alex Kidd in Miracle World(後期版は Sonic)を BIOS に内蔵した。値下げされた本体は欧州・ブラジルの価格主導市場で主力となり、8-bit プラットフォームを 1990 年代半ばまで延命させた。
Tectoy Master System(ブラジル現地ライセンス版)
1989-現在現地組立による長寿命派生機
セガはブラジルの代理店 Tectoy にブランドをライセンスし、同社は 1989 年から現地組立を開始、ポルトガル語ローカライズ版の Mônica や Castelo Rá-Tim-Bum などのオリジナルタイトルを投入した。Tectoy は今も Master System Evolution などの派生機を生産中で、**家庭用ゲーム機史上最も長寿命な生産ライン(36 年以上)**となっている。ブラジルで育った子どもの最初のゲーム機は、ファミコンではなく Master System である可能性が高い。
Power Base Converter / Master System Converter
1989Mega Drive 互換アダプタ
Mega Drive / Genesis で Master System のカートリッジと Card を遊べるようにするアダプタ(Mega Drive 内部にも Z80 副 CPU が残っていた)。8-bit ソフト資産を 16-bit 時代に持ち越し、ハードウェア的な血縁関係を公式に認めた象徴。欧州版はカートリッジと Card 双方に対応、北米版は簡素化されていた。今日では 8-bit から 16-bit への移行戦略を物語る最も明快な物的証拠である。
1985 年 10 月、セガは第 3 世代家庭用ゲーム機「セガ・マークIII」を日本で発売した。ファミコンから 2 年 3 ヶ月遅れ、スペックは上だった——Z80 は 6502 より速く、同時 32 色、FM 音源を加えた音楽の厚みは別物だった。しかし日本市場では任天堂を超えられなかった。ファミコンはすでに玩具店・コンビニ・駄菓子屋の話題を完全に押さえていた。
海外では物語が反転する。1986 年 9 月、改名・再設計された「マスターシステム」が北米に上陸。アタリショック直後の「ゲーム機 = 玩具 = 死」の小売感情のなかで、ここでも苦戦した。しかし欧州は違った。欧州は Mastertronic、Virgin など第三者流通が主導しており、任天堂の鉄壁は薄かった。マスターシステムは英・独・仏・伊で拡散し、NES に肉薄した。
最も劇的だったのはブラジルだった。セガは現地代理店 Tectoy にブランドを許諾し、Tectoy は 1989 年からサンパウロで現地組立を開始、ポルトガル語版『Mônica の城』『Castelo Rá-Tim-Bum』など独自ローカライズを展開し——現在もマスターシステムの派生機を生産している。これは家庭用ゲーム機史上、最も長い生産期間である。1990 年代前半生まれのブラジルの子どもにとって、最初のゲーム機はファミコンではなくマスターシステムだった。
セガにとって、マスターシステムは「海外で勝ち、日本で負けた」世代となった。しかし**「技術で勝ち、流通で負ける」**というこの教訓は、次のメガドライブで——別の方向に——繰り返されることになる。
代表作
- アレックスキッドのミラクルワールド(セガ、1986、本体内蔵)
- ファンタシースター(セガ、1987)
- モンスターワールドII ドラゴンの罠(ウエストン、1989)
- アウトラン(セガ、1987)
- ソニック・ザ・ヘッジホッグ(セガ、1991、マスターシステム版)