[ GEN 6 · ソニー・コンピュータエンタテインメント ]
プレイステーション 2(PS2)
画像アーカイブ
ハードウェア仕様
- メーカー
- ソニー・コンピュータエンタテインメント
- CPU
- Emotion Engine(ソニー/東芝共同開発)@ 294-299 MHz
- GPU
- Graphics Synthesizer @ 147.456 MHz — 理論値 7,500 万ポリゴン/秒
- RAM
- 32 MB(主)+ 4 MB(VRAM)+ 2 MB(音源)
- 解像度
- 640×480 〜 1080i
- 音源
- SPU2 — 48 ch ADPCM
- メディア
- DVD-ROM(最大 8.5 GB デュアルレイヤー)+ CD-ROM(PS1 互換)
発売日
- 日本
- 2000-03-04
- 北米
- 2000-10-26
- 欧州
- 2000-11-24
累計販売台数
- 公式数値
- 1 億 6,000 万台(ソニー 2024 年 PS30 周年で正式上方修正、従来の 1 億 5,500 万は 2012 年時点の数値)
- コミュニティ合意
- **史上最も売れた家庭用ゲーム機**(Tweaktown、Hypebeast 2024 確認)
ソニー・インタラクティブエンタテインメント 2024 年発表
派生機種
PS2 Fat + Network Adapter
2001 JP / 2002 NAネットワーク・HDD 拡張
厚型 PS2 背面に装着する Network Adapter は Ethernet / modem を追加し、3.5 インチ HDD と組み合わせられた。『ファイナルファンタジーXI』など少数のオンライン PS2 タイトルを成立させた、ソニー初期の本格的な家庭用機ネットワーク実験だった。
PS2 Linux Kit
2001 JP / 2002 NA/EU開発者・教育向けキット
Linux ディスク、HDD、キーボード、マウス、VGA ケーブルなどを同梱し、PS2 をプログラム可能なワークステーションにした。大衆商品ではなかったが、ソニーが PS2 を家庭用コンピュータ兼エンタメ端末として見ていたことを示す。
DVD Remote Control
2000-2001映像再生アクセサリ
DVD 再生こそが PS2 を非ゲーマー家庭へ送り込むトロイの木馬だった。リモコンは PS2 を単なるゲーム機ではなく、リビングの AV 機器として扱える存在にした。初期型では DVD プレーヤーソフトをメモリーカードへ入れる必要もあった。
EyeToy
2003カメラ操作アクセサリ
USB カメラでプレイヤーの体の動きをゲーム操作に使う周辺機器。『EyeToy: Play』は特に欧州で成功し、Kinect や PlayStation Camera、体感パーティゲーム以前のリビングカメラ実験となった。
PSX DVR(DESR series)
2003 JPPS2 + HDD レコーダー
日本限定の高級家電で、PS2、DVD 録画、HDD レコーダー、XMB インターフェイスを統合した。高価で位置づけも複雑、販売は限定的だったが、PlayStation をリビングのメディアハブにしたいというソニーの野心を早くから示していた。
PS2 Slimline(SCPH-70000 以降)
2004小型長期販売モデル
筐体を大幅に小型化し、内蔵 HDD ベイを廃止、トップローディング式ディスク蓋と Ethernet 内蔵へ移行した。PS2 の史上最高販売記録の大きな部分は、この Slimline が 2004-2013 年に作ったロングテールに由来する。
PS2 TV
2010 EUテレビ一体型モデル
Sony Bravia KDL-22PX300 は 22 インチテレビの台座に PS2 ハードウェアを内蔵した、PS2 晩年の奇妙な統合製品だった。PS2 が家電として再包装できるほど長寿だったことを物語る。
2000 年 3 月 4 日、プレイステーション 2 が日本で発売された。価格 39,800 円。この本体の真のキラーフィーチャーはゲームではなく、DVD プレーヤーだった。1999 年の単体 DVD プレーヤーは 50,000〜80,000 円——PS2 は同じ再生ハードを本体に内蔵させただけで、「DVD プレーヤー機能つき家庭用ゲーム機」を提示した。結果として PS2 の初回ロットは即完売したが、その買い手の相当数はゲーマーではなく、安価な DVD プレーヤーを探していた家庭主婦や独身会社員だった。ソニーは社内でこれを「トロイの木馬」戦略と呼んでいた——DVD 再生機能でゲームをしない家庭にハードを送り込み、得られた普及台数でサードパーティを引き込む。このクロスカテゴリな仕掛けこそが、PS2 の史上最高販売記録の真の源泉である。
技術面では、PS2 はソニーと東芝が共同設計した Emotion Engine を中核に据えた——294 MHz CPU、オンボード ベクトル演算ユニット、自社設計の Graphics Synthesizer。理論ポリゴン出力は毎秒 7,500 万——NINTENDO64 の 10 万、PS1 の 36 万を遥かに凌駕した。しかし開発者の反応は二極化した——アーキテクチャは複雑で、ベクトルユニットへのアクセスはアセンブリ手書きを要求し、初期 SDK のドキュメントは不完全だった。最初の 2 年(2000-2001)の欧米マルチプラットフォーム移植版は、PS2 のほうがドリームキャストより画面が劣るケースが珍しくなかった。2002-2003 年にようやく開発者がハードウェアを使いこなせるようになり、PS2 黄金期が到来した。
これに続いたソフトウェアラインナップは家庭用ゲーム機史の頂点のひとつである。『グランド・セフト・オート III』(Rockstar、2001)は 3D オープンワールド型サンドボックスを発明、『メタルギアソリッド 2』(2001)と『MGS3 スネークイーター』(2004)は小島秀夫の映画的ナラティブの到達点を確立、『ワンダと巨像』(チーム ICO、上田文人、2005)は今も「ゲームは芸術か」論争で最も頻繁に引用される作品、『ゴッド・オブ・ウォー』(Santa Monica Studio、2005)はハリウッド型アクションのテンプレートを定義、『GTA サンアンドレアス』(2004)は 2,750 万本を突破し本機タイトル王座、『ファイナルファンタジーX』(スクウェア、2001)は日本 RPG を高解像度ボイス時代へ押し進めた。
商業的には伝説の領域である。2024 年の PS30 周年発表でソニーは累計販売を 1 億 6,000 万台へ正式に上方修正——PS1 の 1 億 240 万を 56% 上回り、今なお単一型番家庭用機の史上最高記録である。生産は 2000 年から 2013 年まで——13 年の商品寿命。PS2 はソニーが PS1 で予感していたことを最終的に確証した——家庭用機戦争は仕様だけで勝つものではない。「自分たちをゲーマー家庭と思っていない家」にハードを送り込む技術が、最も上手い者が勝つ。
代表作
- Grand Theft Auto: San Andreas(ロックスター、2004)
- ファイナルファンタジーX(スクウェア、2001)
- メタルギアソリッド 3 スネークイーター(コナミ、2004)
- ゴッド・オブ・ウォー(Santa Monica Studio、2005)
- ワンダと巨像(チーム ICO、2005)