[ GEN 5 · Apple Computer + バンダイ ]
ピピン アットマーク(Apple Pippin)
ハードウェア仕様
- メーカー
- Apple Computer + バンダイ
- CPU
- PowerPC 603e @ 66 MHz(Mac 派生)
- GPU
- Apple/IBM カスタム — 同時 64,000 色
- RAM
- 6 MB(主)+ 1 MB(VRAM)
- OS
- Pippin OS(Mac OS System 7 サブセット)
- 解像度
- 640×480
- 音源
- 16-bit ステレオ、44.1 kHz CD-DA
- メディア
- CD-ROM、オプションで 56K モデム
発売日
- 日本
- 1996-03-28
- 北米
- 1996-09-01
累計販売台数
- 公式数値
- 全世界 約 42,000 台(史上最も売れなかった家庭用機の一つ)
- コミュニティ合意
- 日本版 Bandai @WORLD が主流 / 北米 Atmark / 欧州未発売
Apple および バンダイ 1997 年生産終了時の内部数値
派生機種
バンダイ ピピン アットマーク(Pippin Atmark)
1996 JP日本初代版
1996 年 3 月 28 日に日本で発売、価格 64,800 円。**Apple がライセンス供与した家庭用機アーキテクチャ**(PowerPC 603e @ 66 MHz、簡略版 Mac OS 7.5.2、4 MB RAM、4 倍速 CD-ROM)をバンダイが製造販売した。「ゲーム機 + マルチメディア + ネット接続」の三位一体を謳ったが、いずれも中途半端。**全世界累計販売台数 4.2 万台未満**で、家庭用機史上もっとも商業的に失敗した一台のひとつ。
バンダイ @WORLD(Pippin Atworld)
1996 NA北米版リブランド
1996 年 9 月、北米で @WORLD として発売、価格 $599——白色筐体(日本版は黒)、英語版 OS、14.4k モデムをプリインストール。Apple は @ 記号(当時新興の Email 文化の象徴)を使い「ネット接続できるゲーム機」を訴求しようとしたが、バンダイの北米小売チャネルは弱く広告投資もほぼなかった。**北米累計販売台数は推定 1.2 万台**。1990 年代の Apple 多角化失敗(ニュートン、QuickTake、ピピン)を象徴する事例である。
AppleJack コントローラ + ディスク型パッド
1996ブーメラン型コントローラ
ピピン標準付属の AppleJack はブーメラン/円盤型の奇異なコントローラ——中央のトラックボール(PC のマウス操作を代替)+ 両側 4 ボタン + 赤外線無線接続。設計思想は「家庭用機はゲームパッドの形を避け、マルチメディアコンピュータ寄りにすべき」というもの。しかしトラックボールはゲームには精度が不足、OS 操作には反応が遅すぎ、**両方とも中途半端**——ピピン全体のポジショニング混乱を凝縮した縮図である。
ピピン モデム 14.4k vs 28.8k 升級版
1996-1997二バージョンのネットワーク周辺機器
ピピン アットマークには 14.4k モデムが標準搭載され、1997 年に 28.8k アップグレードモジュール(PA-82001)が登場し速度を倍増させた。ピピンの中心訴求点は「**ネット接続できるゲーム機**」——Apple Cyberdog ブラウザとバンダイ @World ポータルを内蔵していた。しかし 1996 年時点の日本の家庭インターネット普及率は 5% 未満、ゲーム機をネット接続させる学習コストが高すぎ、**多くのピピン購入者は実際にネット接続したことがなかった**。「ネット接続家庭用機」という発想を 5 年早く実装した失敗実験で、この路線は 1998 年のセガドリームキャストでようやく本格普及した。
Katz Media Pippin / 欧州版(中止)
1997(中止)中止された欧州ライセンス版
1996-1997 年にかけて Apple はベルギーの Katz Media、英国の Day-2 などとライセンス契約を結び、欧州市場向けローカライズ版ピピンを計画していた。しかし 1997 年 4 月にバンダイがピピン事業からの撤退を発表(累計損失は 1 億ドル超)、欧州計画は量産に至らないまま中止となった。**ピピンの全世界ソフトラインナップは約 80 本**(多くはバンダイ自社のアニメキャラクター作品と教育ソフト)、1998 年に正式生産終了。Apple はその後二度と第三者にゲーム機ライセンスを供与せず、2024 年の Apple TV 4K に至るまで Apple 純正ハードウェアのみを展開している——**ピピンの教訓は Apple のハードウェア哲学の DNA に刻まれた**。
ピピンは Apple 史上最も奇妙な製品決定である。1990 年代中盤、Steve Jobs 不在期(1985–1997)の Apple は、Mac OS 派生品のライセンス供与実験を断続的に展開していた——Mac OS 7 を簡易版に削ぎ落とし、PowerPC 603e を中核に据え、家庭用機・マルチメディア市場を狙う構想だった。1995 年、Apple はバンダイとライセンス契約を締結——Apple が仕様を設計し、バンダイが製造・販売を担当する。1996 年 3 月 28 日、ピピン アットマークが日本で発売された。価格は 64,800 円。
ポジショニングは「ゲーム機+マルチメディア+ネット端末」の三位一体——だがすべての面で中途半端だった。ゲーム機としては:Apple 自社開発の看板タイトルなし、サードパーティのコミットなし(バンジーの『Marathon』移植版が数少ない見所)、Mac OS 派生 OS の起動は PC 並みに遅く、コントローラは奇妙な円盤型。マルチメディア機としては:64,800 円で Mac LC 派生機が買えるが、本物の Mac ソフトは動かない(OS はサブセット)。ネット端末としては:1996 年の家庭用ネット端末市場はまだ存在していなかった(日本の i-mode は 1999 年)。「三つの弱い半分」の教科書的事例である。
商業的には完全な破滅だった。全世界累計でわずか約 42,000 台——史上最も売れなかった家庭用機のひとつで、セガ 32X、Atari Jaguar、バーチャルボーイすら下回る数字である。Apple とバンダイは 1997 年にプラットフォームを廃止した。
ピピンの歴史的重要性は売り上げ(売れなかった)ではなく、この失敗がその後の Apple の戦略をどう形作ったかにある。1997 年に Apple へ復帰した Steve Jobs が最初に行ったことのひとつは、Mac OS のライセンスプログラム全廃だった(Power Computing、Motorola StarMax 他、すべて)。ピピンはこの「ライセンス路線」で最も恥ずべき失敗例——Jobs が「やってはいけない例」として指差せる事例だった。ピピンの失敗なくして、Jobs 時代の「廉価派生品ライセンスへのアレルギー」は生まれず、後の iPod・iPhone・iPad の徹底した垂直統合ドクトリン——Apple が設計し、Apple が(直接契約で)製造し、Apple が体験を上から下まで所有する——も成立しなかった可能性がある。ピピンは Apple がソフトウェアライセンス会社から、垂直統合ブランドへと転換する分水嶺だった。
代表作
- Marathon for Pippin(バンジー、1996)
- パワーレンジャーズ ZEO(バンダイ、1996)
- Super Marathon(バンジー、1996)
- Yamaha Hello! Macintosh(教育用)
- X-Files Unrestricted Access(バンダイ、1997)