[ GEN 4 · セガ ]
メガ CD / Sega CD
ハードウェア仕様
- メーカー
- セガ
- CPU
- Motorola 68000 @ 12.5 MHz(本体 CPU に加えて追加)
- RAM
- 計 6 MB(CD バッファ + ASIC + プログラム領域)
- ASIC
- セガ自社製 — 拡大縮小・回転・グラフィック強化
- 音源
- PCM 8 ch + Red Book CD-DA
- メディア
- CD-ROM(メガドライブ本体に外付け装着)
- 形態
- Model 1 — 前面装着 / Model 2 — 側面積層
発売日
- 日本
- 1991-12-12
- 北米
- 1992-10-15
- 欧州
- 1993-04-02
累計販売台数
- 公式数値
- 全世界累計 約 270 万台(メガドライブ普及台数の約 9%)
- コミュニティ合意
- 欧米中心、日本では低調
セガ 1996 年フォーマット撤退時の累計推定
派生機種
メガ CD Model 1 / Sega CD Model 1
1991 JP / 1992 NA初代側面装着型 CD ベース
1991 年 12 月 12 日に日本で発売されたメガ CD は側面装着型の CD-ROM 機で、初代メガドライブとの接続が必須、価格 49,800 円。1992 年 10 月に Sega CD として北米で $299 で発売され、Genesis Model 1 と並べると hi-fi 機材のように見えるデザインだった。CD オーディオ(Red Book)、FMV 動画、Lunar、ソニック CD などをセガ 16-bit エコシステムに持ち込んだ。
メガ CD II / Sega CD Model 2
1993上面装填式コストダウン版
1993 年にメガドライブ 2 と組み合わせて発売された廉価版で、CD ドライブを上面装填式(top-loader)に変更し、Genesis 本体の横に縦積み配置できるようになった。北米プレイヤーが最も多く目にした Sega CD の姿で、価格は $229 まで下げられた。Sega CD の販売を立て直すための BOM コスト工学だったが、より深刻なソフト品質問題(FMV 対話型ムービーバブル)はハードのコスト削減では解決できなかった。
Sega CDX / JVC X'Eye / ワンダーメガ
1992-1994一体型ライセンス統合機
JVC のワンダーメガ(1992 JP)と Victor の X'Eye(1994 NA)はメガドライブと Sega CD を一体化し、hi-fi 質感の筐体に MIDI 出力と光デジタル音声出力を備えた——1990 年代日本の家電メーカーが「ゲーム機をホームシアターのコンポとして扱う」発想を体現した代表例。セガ自身の CDX(1994 NA, $399)はポータブル CD プレイヤーとしても使えた。発売当時は天文学的な価格だったが、今日ではセガ収集における高級コレクター品である。
Pioneer LaserActive メガ LD パック(PAC-S1)
1993-1994LaserDisc 統合拡張モジュール
Pioneer LaserActive は LaserDisc 級のマルチメディア機で、セガの「メガ LD パック」を装着するとメガドライブ・カートリッジ、メガ CD ディスク、LD-ROM² 対話型ムービー(タイムギャル、Triad Stone など)を再生できた。フルセットで $2,000 超——1990 年代初頭の「マルチメディア統合」最も豪華な失敗実験の一つ。同時期に NEC も PC エンジン版の LD パック(PAC-N1)を発売した。
Tower of Power(32X + Sega CD 三段積層)
1994-1995三段拡張タワー
メガドライブ + Sega CD + 32X を同時接続すると、ゲーム機産業史上最も悪名高いハードウェアシルエット——**タワー・オブ・パワー**——が生まれた。複数の外部 AC アダプタが必要で、テレビ周りを完全に占領した。短命に終わった 32X CD 規格(Night Trap 32X 版、Surgical Strike など 6 タイトルのみ)は「Genesis Does What Nintendon't」のエンジニアリング豪気を消費者の悪夢に変え、1995 年以降のセガ信頼崩壊を象徴する図像として残っている。
1991 年 12 月 12 日、セガはメガ CD を日本で発売した。価格 49,800 円——これは独立した家庭用ゲーム機ではなく、メガドライブに装着する CD-ROM 拡張機器であり、本体と接続しなければ動作しない。1992 年 10 月に北米で Sega CD として $299 で発売され、メガドライブ本体($129)と合算すれば一式でスーパーファミコンを超える価格となった。セガの賭けは大きかった——スーファミ発売直後の 1991 年に、CD メディアで世代差を開き、メガドライブを「マルチメディアゲーム機」の領域へ押し出すという戦略だった。
ハードウェアは堅実だった——副処理用に追加 Motorola 68000、メガドライブが持たない拡大縮小・回転効果(任天堂の Mode 7 相当)を実現する自社製グラフィック ASIC、合計 6 MB の RAM、Red Book CD-DA 音源。しかしソフトが追いつかなかった。1992 年から 1994 年にかけての「FMV インタラクティブムービー」ブームがソフトラインナップを汚染した——メーカーは粗いビットレート圧縮の実写映像を CD に詰め、プレイヤーは映像の合間に分岐選択をするだけ。画面はモザイク状、操作性は皆無。メガ CD のソフト群の大半がこの烙印を負った。
最も社会的影響が大きかったのは『Night Trap』(1992)——女優陣(ダナ・プラトーら)がパジャマ姿で吸血鬼から逃げる FMV ゲームで、1993 年 12 月、米国上院議員 Joe Lieberman と Herb Kohl がゲーム暴力に関する公聴会で「女性への暴力を助長する」と槍玉に挙げた。この公聴会が直接 ESRB(米国エンターテインメントソフトウェアレーティング委員会)の発足を促した——ゲーム業界初の正式なレーティング制度である。メガ CD は商業的に失敗しながら、業界全体の規制アーキテクチャを書き換えた。
数少ない名作がメガ CD の名誉を辛うじて守った——1993 年の『ソニック CD』(CD-DA を活かした名サウンドトラック)、ゲームアーツの『LUNAR THE SILVER STAR』(1992、CD 時代日本 RPG の初期到達点)、1994 年の小島秀夫『スナッチャー』(コナミ、サイバーパンク・ノワールの傑作、PC-88 からの移植版)。
商業的にメガ CD は全世界で約 270 万台を販売——メガドライブ本体の装着率は 9% にとどまった。これはセガの周辺機器連鎖失敗の起点となった——メガ CD(1991)→ 32X(1994)→ サターン(1995)→ ドリームキャスト(1998)。2001 年、セガは家庭用ゲーム機ハードウェア事業から撤退する。その敗北の連鎖は、ここから始まった。
代表作
- ソニック CD(セガ、1993)
- スナッチャー(コナミ、1994、小島秀夫)
- LUNAR THE SILVER STAR(ゲームアーツ、1992)
- Night Trap(Digital Pictures、1992、FMV 騒動)
- Sewer Shark(Digital Pictures、1992、FMV)