[ GEN 4 · 任天堂 ]
スーパーファミコン(Super Famicom / SNES)
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ハードウェア仕様
- メーカー
- 任天堂
- CPU
- リコー 5A22(65C816 派生)@ 3.58 MHz
- PPU
- リコー S-PPU 二基 — 8 背景レイヤ + Mode 7 拡大縮小回転
- RAM
- 128 KB(CPU)+ 64 KB(VRAM)+ 64 KB(音源)
- 解像度
- 256 × 224 / 512 × 448 高解像度モード
- パレット
- 32,768 色中 256 同時
- 音源
- Sony SPC700 + 8 ch ADPCM
- メディア
- ROM カセット(Super FX、SA-1、DSP 等の拡張チップ搭載可能)
発売日
- 日本
- 1990-11-21
- 北米
- 1991-08-23
- 欧州
- 1992-04-11
累計販売台数
- 公式数値
- 4,910 万台(任天堂、2008 年)
- コミュニティ合意
- 日本 1,717 万 / 北米 2,335 万 / その他 858 万
任天堂 2008 年累計出荷数
派生機種
スーパーファミコン(SHVC-001)
1990 JP日本初代グレー機
1990 年 11 月 21 日に日本で発売、価格 25,000 円。丸みを帯びたグレー筐体に紫・赤・緑・黄の四色ボタンというアイコニックな外観。**初回出荷 30 万台が 30 分で売り切れ**、配送トラックが山口組の襲撃対象として警察に護衛されたとも報じられた。後年の SHVC-001 はマザーボード基板部の電解コンデンサ劣化と同時に、ABS 樹脂の酸化による「黄ばみ現象」でも知られ、コレクター界では最も有名なプラスチック経年劣化事例のひとつとなっている。
SNES(北米版再設計)
1991 NAアタリショック後のリブランディング
1991 年 8 月に北米で発売された SNES($199)は外観を一新——紫ボタン、直線的なケース、ダークグレー&パープルの配色。任天堂は 1983 年アタリショック後に小売業界が「console」という語に抱く抵抗感を避けるため、日本版とは意図的に別物の視覚言語を採用した。欧州版(1992)は日本版グレー筐体を流用しつつ PAL 50Hz ロックを追加——本世代は地域差が業界史上もっとも大きい世代の一つ。
スーパーファミコン Jr. / SNES Mini(SHVC-101 / SNS-101)
1997-1998後期コストダウンスリム版
1997 年 11 月発売の日本版スーパーファミコン Jr.(9,800 円)と 1998 年北米 SNES Mini はスリムリビジョン——RGB 出力廃止、Multi Out 簡素化、イジェクトボタン削除。N64 時代に入っても SFC 生産ラインを維持し、ブラジルや東南アジアのロングテール市場に対応した任天堂のコスト工学である。今日コレクターにとっては比較的安価な入門選択肢だが、RGB 出力非対応のため改造シーンでは敬遠されがち。
サテラビュー(BS-X)+ スーファミターボ + スーパーゲームボーイ
1995-1996 JP三大専用拡張周辺機器
サテラビュー(1995、18,000 円)は St.GIGA の衛星放送ダウンロード専用周辺機器——**家庭用ゲーム機史上初の衛星デジタル配信プラットフォーム**で、週末限定配信の BS ゼルダなどを実装した。スーファミターボ(1996、バンダイ)は SD ガンダム G ジェネレーションなどミニカートリッジ用アダプタ。スーパーゲームボーイ(1994)はゲームボーイカートリッジを SFC で動作させ独自カラー枠を表示する周辺。いずれも SFC エコシステムの奇異な側枝である。
Sharp SF1 テレビ一体型機 / Hyundai Super Comboy(韓国)
1990-1992ライセンス一体型機と韓国版
Sharp SF1(1990 JP、10 万円超)は 14 インチまたは 21 インチ CRT テレビとスーパーファミコン基板を一体化した高級機——シャープのツインファミコン路線を継承した家電融合の極致である。**Hyundai Super Comboy**(1992 KR)は現代電子がライセンス生産した韓国版——当時の韓国は日韓基本条約後の余波で日本大衆文化の輸入が禁止されており、SFC は韓国国内ブランドを通してのみ合法的に流通可能だった。
1990 年 11 月 21 日、スーパーファミコン発売。初回出荷 30 万台が 30 分で完売。配送中のトラック強奪事件が少なくとも一件発生し、警察庁から小売業界に正式な警備強化の通達が出された。発売初日から、これは単なる玩具ではなかった。
技術的には精密な勝利だった。リコー 5A22 は速いとは言えない(3.58 MHz、メガドライブの 7.6 MHz の半分以下)が、自社設計 PPU の Mode 7 拡大縮小回転、ソニーが設計した SPC700 音源チップ(このチップの主任エンジニア・久夛良木健の名前は、後の PS1 の項目で再び現れる)、そしてカセット内に追加チップを載せる拡張戦略により、画面と音響を 8 ビット時代には想像もできなかった水準まで押し上げた。1993 年『スターフォックス』はカセットに Super FX チップを搭載し、1990 年代初頭の家庭用機でポリゴン 3D を実現した。
しかしスーファミの真の勝因はサードパーティの陣容だった。スクウェア、エニックス、カプコン、コナミ、ナムコ——日本 RPG の黄金時代がほぼこの一台に集中した。FF IV-VI、ドラクエ V-VI、聖剣伝説、クロノ・トリガー。サードパーティがメガドライブへの全力対応を拒んだ時点で、日本での 16 ビット戦争は実質的に決していた。
店頭の記憶として残るのは、雑誌『ファミ通』『電撃スーパーファミコン』のフロアジャック特集、年末のソフト品切れ問題、そしてカセット価格の高騰(FFVI で 11,400 円)。これらすべてが「ゲームは作品である」という認識を、玩具売り場から書店・映画館の隣のフロアへと移動させた——スーファミ世代こそ、ゲームがメディアとして成熟した最初の世代である。
代表作
- スーパーマリオワールド(任天堂、1990、本体同梱)
- ゼルダの伝説 神々のトライフォース(任天堂、1991)
- ファイナルファンタジーVI(スクウェア、1994)
- クロノ・トリガー(スクウェア、1995)
- スターフォックス(任天堂、1993、Super FX チップで家庭用初の 3D ポリゴン)
- スーパードンキーコング(Rare、1994)