[ GEN 4 · NECホームエレクトロニクス + ハドソン ]
PCエンジンCD-ROM²
ハードウェア仕様
- メーカー
- NECホームエレクトロニクス + ハドソン
- CPU
- 接続先PCエンジンのHuC6280 @ 7.16 MHzを使用
- CDインターフェイス
- 初代はインターフェイスユニット経由の等速CD-ROM
- RAM
- システムカードで64 KB追加、スーパーシステムカードで192 KBへ拡張
- 音源
- CD-DA Red Book音源 + ADPCM再生 + PCエンジン内蔵6音波形メモリ音源
- メディア
- CD-ROM² / SUPER CD-ROM² / Arcade CD-ROM²
- 互換性
- 初代CD-ROM²、SUPER CD-ROM²、PC Engine Duo / Duo-R / Duo-RXはシステムカードにより対応ソフトが異なる
発売日
- 日本
- 1988-12-04
- 北米
- 1989-11-01
累計販売台数
- 公式数値
- NECによる単体の世界累計販売台数は明確に公表されていない
- コミュニティ合意
- 日本ではPCエンジン後期の中核的な環境になり、北米TurboGrafx-CDは高価格でごく小規模に留まった
NEC/Hudson関連資料、後年のハード史、コレクターコミュニティの推計
派生機種
CD-ROM² System
1988 JP世界最早主機 CD-ROM 擴充
讓 PC Engine 透過 Interface Unit 接上 CD-ROM,帶來語音、動畫與大容量音樂。它比 Mega-CD 與 PlayStation 更早把光碟帶進客廳遊戲。
Super CD-ROM² / Arcade Card
1991 / 1994記憶體強化路線
Super CD-ROM² 提高 RAM 規格,Arcade Card 又為格鬥與大型移植補更多記憶體。PC Engine CD 的生命週期很大程度靠這些卡片延長。
PC Engine Duo
1991一體化 CD 主機
把 PC Engine 與 Super CD-ROM² 整合成單一主機,減少線材與擴充底座。Duo 是今日玩家最容易理解的 PC Engine CD 形態。
深掘りノート
一言でいうと
メガCDがSegaのマルチメディア賭けだったなら、PCエンジンCD-ROM²はそれより早く、日本的な形で実際に生態系を育てた原型だった。
誕生背景
NECとハドソンは1988年12月、PCエンジンにCD-ROM²を接続した。メガドライブが日本で発売された直後で、スーパーファミコンはまだ登場していない時期である。初代構成はPCエンジン、インターフェイスユニット、外付けCD-ROMドライブの三点セットだった。
ハードと設計の取捨選択
CD-ROM²はCPUを新しくする周辺機器ではない。変化の中心は容量、CD-DA音楽、ADPCM音声、システムカードによるRAM拡張だった。初期は追加RAMが64 KBで制約も大きく、スーパーシステムカードで192 KBになってから表現の幅が広がった。
ソフト群と平台の性格
この環境を象徴するのはFMVではなく、CD音楽、アニメーション、声優音声、RPG、そして音楽性の高いシューティングである。『イースI・II』が早期の答えを示し、『天外魔境II』が大作感を作り、『悪魔城ドラキュラX 血の輪廻』が2Dアクションの代表作になった。
地域の記憶
日本ではPCエンジンをコアゲーマー向けプラットフォームへ押し上げた存在として語られる。北米のTurboGrafx-CDは高価格とGenesisの勢いに押され、非常に小さな市場に留まった。中国語圏の輸入ゲーム文化では、店頭の奥にある高価で珍しい機械という記憶に近い。
商業的結果
NECの海外不振を覆すことはできず、日本でもスーパーファミコンを倒せなかった。しかしCD-ROMが家庭用ゲームに音楽、声、容量をもたらすことを早く証明した点で、技術史上の位置は大きい。
現在から見た意味
PCエンジン miniには複数のCD-ROM²作品が収録され、この系譜の歴史的位置を後から見えやすくした。
神話 vs. 事実
神話
CD-ROM²は独立したゲーム機だった。
事実
初代はPCエンジン用の拡張機器であり、Duoシリーズで初めてHuCardとCDが一体化した。
神話
初期CDゲームはHuCardより必ず大きく進化していた。
事実
容量と音楽は大きく進んだが、初期RAMの制約によりロードやゲーム構成には限界があった。
神話
家庭用ゲーム機のCD時代はPlayStationから始まった。
事実
PlayStationが世界的な主流にしたが、商品化はPCエンジンCD-ROM²が1988年に先行していた。
キュレーターズノート
この機種が象徴するもの
CD-ROM²はPCエンジンの第二の寿命を作った。世界市場の勝者にはならなかったが、日本の家庭用ゲームを音声、CD音楽、アニメ演出へ早く進めた。
歴史の転換点
1989年の『イースI・II』が光ディスクの価値を示し、SUPER CD-ROM²以後にRPGやシューティングの表現が本格化した。
地域の記憶
輸入ゲーム文化では、一般的な機械というより、高価で珍しい上級者向けの存在として記憶されやすい。
PCエンジンCD-ROM²は、単なる周辺機器として片づけるには重要すぎる存在である。1988年末、日本のプレイヤーはPCエンジンをインターフェイスユニットに接続し、外付けCD-ROMドライブでCD音楽、音声、アニメーション演出を含むゲームを遊べるようになった。
強みは3DでもFMV映画でもなく、RPGのオープニング、声優音声、CD音源、長いシナリオ、音楽性の高いシューティングだった。『イースI・II』が初期の可能性を示し、『天外魔境II』が成熟形を示し、『悪魔城ドラキュラX 血の輪廻』が長く語られる2Dアクションの名作になった。
一方で、高価格、複数のシステムカード、互換性の分かりにくさは大きな弱点だった。日本市場はこの進化についてきたが、北米市場はついてこなかった。だからCD-ROM²は勝者というより先駆者である。PlayStationが当たり前にする未来を、数年早くリビングに置いた機械だった。
代表作
- イースI・II(Hudson / Falcom、1989)
- 天外魔境II 卍MARU(Hudson / Red、1992)
- 悪魔城ドラキュラX 血の輪廻(Konami、1993)
- Gate of Thunder(Hudson / Red、1992)
- Lords of Thunder(Hudson / Red、1993)