[ SPECIAL EXHIBITION · 1994-2001 ]
セガ、ハードから降りる
セガは一台のハードに敗れたわけではない。メガドライブ後期から Dreamcast まで、自社の拡張機器、分散した開発資源、強気のマーケ判断、そして DVD プレイヤー付きの PS2 — これらに 7 年間同時に挟まれた。2001 年 1 月 31 日、セガは Dreamcast の生産終了とハード事業からの撤退を発表する。一夜の崩壊ではなく、自分でひとつずつ解体していく退場だった。
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セガサターン
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ドリームキャスト
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サターンは高く始まり、低く滑った
1994 年 11 月 22 日、サターンは PS1 より一週間早く日本で発売。SH-2 ×2 と VDP1/VDP2 のマルチチップ構成で 2D は圧巻(『バーチャファイター 2』『斑鳩』)だが、3D の難易度がサードパーティを PS1 へ流した。1995 年 5 月 E3 で Tom Kalinske が北米早期発売を奇襲発表したが、KB Toys や Walmart は仕入れを拒否した。
32X とメガ CD が基盤を削った
1991 年のメガ CD と 1994 年 11 月の 32X — メガドライブ所有者は本体、CD 拡張、32X 拡張、それともサターンを待つかに分裂した。32X は発売 14 か月で生産終了。サターン本格登場の時点で、セガはもうコアファンの信頼を二度の拡張で削ってしまっていた。
Dreamcast は一年早く来て、PS2 にひかれた
1998 年 11 月 27 日、Dreamcast 日本発売。PS2 より一年早く、56K モデムと SegaNet 内蔵で、コンソールのオンライン対戦を Xbox Live より四年早く標準にした。しかし 2000 年 3 月、PS2 が DVD プレイヤー内蔵で登場。当時の DVD プレイヤーは ¥80,000、PS2 は ¥39,800。家庭は PS2 を DVD 機として買い、子供のゲーム機を兼ねさせた。ハード軍拡競走は、その瞬間に終わっていた。
2001 年 1 月 31 日、セガは Dreamcast の生産終了とハード事業からの撤退を正式発表。だがセガは死んでいない。ソニックは 2002 年 GameCube に移籍(『ソニックアドベンチャー 2 バトル』)、2004 年にサミーがセガを買収してセガサミーホールディングス、2013 年にアトラスを傘下に。龍が如く、ペルソナ、ソニックは今でも続いている。セガの退場は失敗物語ではなく、ハードメーカーが手放してマルチプラットフォームのソフトハウスになる、きれいな標本だ。